最期まで諦めずにいられたのはファンがいるから。

大河ドラマ「真田丸」に石田三成が登場しました。

彼が出てくる度に筆者が思い出すことは、「生前の太閤殿下は貴殿と拙者に100万石を与えると言われたが、我々は分不相応ですと断った。思えばあのとき、100万石を受けていれば今になって兵力の心配などする必要もないのに」という言葉です。

これは関ヶ原の合戦の前に、盟友の増田長盛と密談した時の言葉で、「五畿内の浪人を集めて兵力とし、家康に決戦を挑もう」と誘ったところ、「いや、時節を待とう」と断れた時に発した言葉です。

石田三成は、どちらかというと「武将」ではなく、「文官」として秀でた人物だと思います。
そんな人が、天下分け目の合戦に総大将としてかり出され、敗戦の将として葬られます。

今回は、当時、天下をとることを最期まで諦めなかった武将をとりあげたいと思います。

 

 

伊達政宗

 

 
伊達政宗の領地では、東日本大震災と同規模の災害に見舞われます。
その後に、彼が動いたことは、支倉常長のローマ帝国への派遣です。

 

当時、ローマ法王を擁する列強各国(ポルトガル・スペイン)は、キリスト教を流布することで、植民地を拡大していました。
大友宗麟などのキリシタン大名を擁することは、日本を属国化することを意図していました。(※)

 

伊達政宗もまた、ローマ帝国に属することで、日本の覇権を手に入れることを目指してました。

 

結論として、ローマ法王に謁見することができた支倉常長は、帰国後、幽閉されることにはなりましたが、それでも政宗は天下を諦めませんでした。

 

政宗は、江戸の治水工事を買って出て、お茶の水あたりの治水を行いました。

神田の山を切り崩したり、治水のために掘って出てきた土は、日比谷や日本橋の埋め立てに使われました。
それと同時に、仙台藩の開墾をすすめ、江戸の米どころとしての仙台藩を築き上げました。

 
これは江戸幕府に恩を売ったと同時に、江戸の弱点を抑えたという見方もでき、伊達政宗は江戸幕府が出来たあとも、気になる存在としていつづけました。

 

もっとも、朝鮮出兵のとき、伊達勢は綺麗な服装をまとい、一番手を担う役割を果たしました。
これは、自軍の兵を温存するための策略だったと言われています。

 

他にも、伊達政宗はいろいろな局面で、危機を自らの機転で交わしています。
こんな人物ですから、最期まで天下を諦めなかったことは、想像するに難しくありません。

 

 

(※)Wikipediaの「ポルトガル人による日本人などのアジア人の奴隷貿易」によると、日本のキリシタン大名は火薬欲しさに、自国領の少女を奴隷に売りさばき、その数は50万人だそうです。買う側の欧州人は性的な利用目的で「肌白くみめよき日本人の娘」として売りさばかられたそうで、秀吉は「日本人が九州において大規模に奴隷にされていること」を大変不愉快に思いキリスト教へを禁止するに至ったとされています。

また、キリスト教宣教師たちは、日本の金山・銀山に狙いをつけており、そのための金の堀師たちを連れて来ていたとも言われています。

このように、植民地支配、性的奴隷、金山・銀山をめぐって、キリシタン大名は「自国の安堵」を餌に翻弄されていたという側面もあったのでしょう。

 

 

長宗我部盛親

 

 

四国を制圧した長宗我部元親の4男で家督を継ぎます。
関ヶ原の戦いでは西軍につくものの、戦闘には参加しないまま西軍は壊滅。

 

家康に謝罪をしようとするものの、領土没収となります。

 

盛親は牢人となり、京都で身一つの謹慎生活を送ることになります。

 
ところが、大阪の陣の時、盛親は豊臣秀頼の招きに応じて京都を脱出することができます。
わずか6人の従者ととも出発でしたが、土佐時代のかつての旧臣や浪人などと合流し1000人もの軍団となり、10月6日に大坂城に入ります。
大阪城が落城したあとも、街道に潜み、家康の命を火縄銃で狙っていたと言われています。
大名家に生まれながら、家臣も数人になりながらも最期まで家康の命を狙っていたのです。

 
秀忠の側近が「何故自害しなかった」と尋ねると「一方の大将たる身が、葉武者のごとく軽々と討死すべきではない。折あらば再び兵を起こして恥をそそぐつもりである」と答えたといいます。

 

 

石田三成

 

 

石田三成は関ヶ原の合戦後、捕らえられ、京都の町を引廻されます。
お湯が飲みたくなったので、警護の者に伝えたところ、お湯がなかったので干柿を差出されました。
三成は「痰の毒であるから食べない」と言って断ります。

 

「まもなく首をはねられる人が毒を断つのはおかしい」と笑れますが、三成は「大義を思うものは、首をはねられる瞬間まで命を大事にするものだ、それは何とかして本望を達したいと思うからである」と言いました。

 
家康が処刑前の三成に会った際、「このように戦に敗れることは、古今良くあることで少しも恥では無い」と言ったそうです。

 

 

なぜ起業家がメルマガ読者を自ら持つべきなのか?

 

これは三成の「今になって兵力の心配などする必要もないのに」という言葉で説明できます。
起業家はいつ、どんな目にあうかわかりません。

しかしながら、いざという時にファンをかき集めて再起を図ることはできます。

 

石田三成が伊佐山城に負われても、天下分け目の合戦にあれだけの軍勢を集められましたし、長宗我部盛親も1000人の元部下をかきあつめられました。

 

真田幸村も九度山に幽閉されながらも、大阪城で最期の花を散らせることができました。
諦めないかぎりは、ファンはどこかで味方をしてくれるはずです。

 
現在でもこの構図は見て取れます。

 

堀江貴文氏は失脚しても、牢獄の中で有料メルマガを書き続けました。
彼のロケットの夢はまだ消えてません。

 

ところが、ショーンKは、ファンに呼びかけることもしなくなりました。

 

自分のファンリストを持ち、いつでも連絡ができることが起業家にとっては大事なことなのだと思います。

 

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