武学とは古神道をベースにしたエネルギーコントロールの仕組み。ビジョンを現実化する「ミソギ・ムスビ・マツリ・イノリ・ミノリ」の奥義に迫る!!

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武学は、釈迦や孔子が歴史上に現れた頃、2500年前に孫武が体系立てました。
孫武は武学の中興の祖であり、武学が文献に残っているのは6400年前、シュメール文明以前であり、縄文時代に遡ります。

武学の3術は「兵法・体術・医術」

武学は、3つの術に分かれます。
一つ目は兵術 。集団、心理学、経営学。政治学。集団のコントロール術です。
日本で兵術をもっとも活用した人は徳川家康で、世界最長の260年の治世を作り上げました。
江戸の街は、130万人の人口に対して、警察官のあたる職業の30人の人たちで守りました。
日本の平和ボケは、まさにこの頃からの賜物だといえましょう。

二つ目は体術 。複数、相対力学、対人で相手と自分の体を通して、非言語の世界で体得していくものです。

そして、三つ目は医術 (個、生理学、人体について、フィジカルクエスト、経絡、電気信号)です。体術は、兵術も医術もどちらもかかっていて、対人稽古で学んでいけるから学ぶのに一番効率が良く正確に学べます。

武学の概念の一例として「武=二つの矛を止める」という概念があります。

戦わない争わない。自他不敗の活学です。

「兵は国の大事なり。百戦百勝は善の善にあらず。 徳が一番強い。」などということを説いています。エゴから離れ、抽象度を挙げて、神・仏目線になれれば最強になります。

人間レベルでは政治学・経営学、宇宙レベルではタオになります。 突き詰めると天神合一して仙人になる修行形態が武術なのです。

武学がやっていることを一言で言えば、エネルギーコントロールです。
負の克服といえば、経済やお金の不安を解消する、健康や病気の不安を解消する、恋愛や対人関係、家族関係の不安を解消する、といった事を思い浮かべますが、そういう人々ための不安解消プログラムというより、全国家レベル、全人類レベルの不安解消プログラムであるのが「武学」です。
つまり、武学の対象は全人類ですので、利己的欲求のために使うものではありません。

武学を学んだ歴史上の人物としては、ナポレオン、ホーチミン、大塩平八郎、ビルゲイツ、孫正義、などがあげられ、世界を変えてきた人こそ武学を活用しているのです。

武学体術は文字化できない「不立文字」

武学の中では「体術=武術」が不立文字です。不立文字とは「文字化できない」ということです。
文字化できないので、一般に書物で出回っている「孫子の兵法」は嘘というか、役に立ちません。

ではどうやるかというと、武学はエネルギー伝授で伝えます。
直接、師匠から、身体を使った稽古を通して会得するものです。

また、武学は三密の世界でして、まず体で伝え、次に必要な光を入れるわけですが、100人100派の仕組みで伝えます。
つまり、それぞれの人の志や体の特性などにあわせて、オートクチュールで伝えていくのです。

エネルギーコントロールの稽古は「禮・禅・型・錬・釼」

エネルギーコントロールの稽古には、「禮・禅・型・錬・釼」の5つの段階があります。禮の稽古のあとは、立禅を行い、型を覚え、対人稽古をし、武器を使った稽古をするという流れです。

これはちょうど古神道でいうところのミソギ、ムスビ、マツリ、イノリ、ミノリの流れに従っています。

まず「ミソギ」は「ミソギにはじまりミソギに終わる」といわれほど武学の基本になります。
ミソギは心身の浄化のことです。キリスト教では洗礼を一生に一度だけやりますが古神道では毎度行います。

心身を浄化したあとは「ムスビ」にうつります。
ムスビとは宇宙根源のエネルギーを落とすことです。
宇宙にあるヒ(靈)と自分にあるヒ(靈)を結ぶことを意味します。
この靈を止めるからヒト、つまり人間は宇宙の創造主ということになります。

ムスビが起こればムスビを維持するために「マツリ」を行います。
マツリとは、それぞれの「ムスビ」が喧嘩をおこさないように、場を平和に維持することです。
それぞれの神輿を担いで行う「祭り」の目的は、それぞれの神によって乱れた場を整えていることになります。
日本には年中祭りが開催されていますので、日本人が祭祀民族であると言われている所以でもあります。

「マツリ」まで着てようやく「イノリ」をすることができます。
「イノリ」は意識を乗せることを意味しています。
ビジョンを掲げ、意識に乗せることでもあります。

「イノリ」を現実化するのが「ミノリ」です。
意識を乗せた後は、身に乗せます。

ミノリはイノリまでちゃんと出来ていたら勝手に結果として現れます。
こうしてビジョンが物質化(現実化)されます。

身体は思考よりも賢い。武学の基本は身体で感じること

宇宙の誕生は137億年前。地球は46億年前にできました。
地球に生命が誕生してから38億年です。

生命の「増殖・回復・代謝」をもったものですが、その時に重要なのがDNAの存在です。
DNAの情報は0と1の数式で成り立ったプログラムで、38億年もの間に受け継がれてきました。
現代人の現代人のミトコンドリアDNAは、すべて20万年前の一人のアフリカ女性にまで遡ります。

ヒトは60兆個の細胞でできておりますが、そのすべての細胞のDNAには、すべてのその人の情報が入っています。
このように38億年かけて、宇宙クラウドから情報を受けたDNAの情報と、人間の生命である百年の経験の情報とを比べたら、勝負の差は歴然としております。初めて文字が発明された6000年前からの叡智が文字情報として蓄積されたとしてもDNAの情報にはかないません。

まさに武学体術で、体感される叡智は、いわば38億年かけてインプットされた叡智なのです。
ですので、心理学や哲学などの思考を一旦停止すれば、様々な叡智の扉が開くのです。

思考は人間が生み出したものですが、DNA情報は宇宙の法則が作り上げたものです。
宇宙の法則にしたがい、そこから必要に応じて、叡智をダウンロードしていけば、人生はうまくいきます。

人はしばしば自分のエゴを優先させたがりますが、それにより体は鈍くなり、調和がうまれなくなります。
いかに自然に生きるかということは、いかに体の声を聞くかということです。

では「思考」は何のためにあるかといえば、それは未来の創造のためです。
だから、地球に無いものを人類は生み出してきたのです。

武学のポイントは「学ばない」ということ。

人は思考を積み重ねて生きています。
積み重ねすぎると、どれを取捨選択していいかわからなくなります。
ミソギとは、どんどん無駄な情報を排除していくことです。
それにより、自分らしい自然な生き方ができます。

「武学」とは「学」の文字がありますが、逆説的にいえば「学ばない」ということです。
身体で感じることが重要ですので、それを理屈でまわしては本末転倒です。ですから「学ばない」というスタンスを忘れてはなりません。

武学の「学」とは、活学のことを意味し、日常生活に生かすものです。
柔道や空手などの武術は、その防具を着たり、そのルールの場面があって、行われるもので、日常生活に応用はできません。
日常生活に活かせないようなものは武学ではありません。

 

「学ばない」ということと「身体の叡智」を通して、宇宙の法則を思い出すというのが武学の真髄なのです。

 

身体を通して学ぶ孫子の兵法と老子の思想〜道(タオ)〜【レノンリー 武学体術ワークショップ】

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